2012年8月7日火曜日

2. 「伝える」ということ


2.1 昨日の中刷り広告を覚えているだろうか

 日本のサラリーマンの平均通勤時間は都市部だと50分、地方都市だと30分くらいと言われている。その多くが電車での通勤となる。毎朝満員電車に揺られて、来る日も来る日も通勤する日々が続く。その中で、多くの人が電車の中刷り広告に目を留めていることと思う。政治の問題、海外問題、ゴシップ記事など、多種多様な文句が並んでいる。この広告の目的は、「あ、この雑誌は面白そうだ。この本は面白そうだ」と思わせて、購入させることである。ここで質問である。

昨日の中刷り広告の文句で、覚えているものはあるだろうか。

おそらくほとんどの人はひとつも覚えていないと答えるのではないか。筆者もそうである。人はそれほど便利にはできていない。無意識下に刷り込まれる言葉というのは、そうそうあるわけではない。平均的な人間というものは、自分が覚えたいと思わないメッセージを覚えることはないのである。

私が唯一覚えているものはこの広告だ。これは中刷りではなくテレビのCMだったかもしれない。日清カップヌードルの広告だ。高松聡氏によるもので、実際に国際宇宙ステーションで撮影された地球を活用したものだ。自転している地球のうえに、カップヌードルが映し出される。おいしさは万国共通であるとの宣伝文句を、言葉を用いずに克明に表している。加えて、空から見た地球には国境線などという物理的な境界線はない。この青い地球の何を奪い合っているのか。奪い合う必要があるのか。それを「この星に、BORDERなんてない。」という言葉で表現している。これほど刺激的なものはない。初めて見た時の衝撃は今でも忘れない。ただし、これは傑作だからである。これほど強烈な印象を残すものはなかなか創作されることはないだろう。

 このことをビジネスの現場で考えてみよう。今多くのビジネスマンは日常の業務として、電子メールを書いたり、パワーポイントやワードなどで資料を作成している。そうした普段目にする資料の中で、このBORDERなんてないというCMほどに印象深いものはなかなか存在しない。
上司への最終報告ともなると、パワーポイントで100ページを超える大作を作る方も少なくないだろう。その資料を作るために、自らが考えてきたことを文章やグラフや表にまとめて、あらゆることを書き連ねることだろう。ここで同じ質問ができる。

果たしてあなたの上司は、プレゼンの翌日、あなたの資料の中で覚えている言葉は何個あるだろうか。

おそらくゼロに近い。上司は報告を受けた結果、指示を出したことは覚えているだろう。中には、自分が指示した内容すら覚えていない上司もたまにいる。
仮にその報告書が100ページのパワーポイント資料で、1ページにつき100文字が書き込まれ、2ページに1ページの割合でグラフがあったとする。そうすると、1万文字と50のグラフとそれに加えて、あなたのプレゼンした言葉を聞かされることになるのである。仮に報告の時間が1時間だとする。すると、「1時間の間に、1万文字と50のグラフと人の話の3つをすべて理解しろ」となる。これではまるで、何かの拷問のようである。
 こうしたことがビジネスの現場で度々起こるのは、報告の目的を履き違えている場合が多いためだ。報告の目的は何か。それは、報告する上司に、自分の思惑通りの意思決定をさせることである。報告を聞く側の上司の目的は何か。それは、報告内容を理解したうえで、必要な意思決定をして、必要な指示を部下に下すことである。
このように説明されて、いやそうではないというビジネスマンはおそらくいないだろう。それにもかかわらず、実際の現場では、このような思考で報告に望むことをついつい忘れている人が非常に多い。ではどのような思考になっているのだろうか
 報告する側の立場の人間の中で度々起こる思考は、報告の目的がいかに自分はがんばってきたのかという努力を伝えることが第一になっていることである。それゆえに、報告書は分厚くなる。それゆえに報告資料の文字数が多くなる。それゆえに、様々な考察を示そうと、提示するグラフの数が多くなる。
いかに多くの時間を費やし、いかに多くの苦労を重ねたのか。それを伝えようとする。それが第一の目的ならば、そうした報告書は、その目的を達成するのに十分な威力を発揮するであろう。ただし、その場合は報告のプレゼンは、資料の説明をする必要はない。ただ一言、「この報告書がこれまでの活動をまとめたものです」と述べるだけでよいはずだ。


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