2012年8月7日火曜日

2.7 ブラックボックスを突く



 ブラックボックスといえば、飛行機の航行記録(フライトデータレコーダー)やパイロットの通信記録(コクピットボイスレコーダー)を保存した装置を思い浮かべる人が多いだろう。他の意味では、内部の詳細な仕組みを理解していなくとも、インプット情報に対して一定の処理を行ってアウトプットするという機能を総称する使われ方もある。ここから転じて、仕組みを理解していなくても作動させることが可能ということから、仕組みが外からは見えないことをブラックボックスと表現する場合がある。
 人の会話の中にもこのブラックボックスは度々出現する。人は会話する中で、専門ではない弱い部分や曖昧にしか理解していない部分を必ずといってよいほどブラックボックス化する。これは特に舌が良く回る人ほど見られる傾向だ。よく理解していないことに関してはかたくなに口を閉ざす人もいるだろう。その場合は、その人の考えそのものがブラックボックス化する。
人は話しながらに、理解が曖昧な部分が出てきたとしても、どうにか説明をつけようとする。例えば、法制度的には制約があるのではないか。セキュリティの面を考えれば、慎重に動く必要がある。この業界では、一般的に行われていることだ。など。どこか漠然とした説明。正論を言っているようで、具体的ではない。話の流れから、その論点が欠落してしまうと、全体の説得力が減ってしまうようなとき。人は必ずこうしたことを曖昧なまま話しきる。ブラックボックス化されたフレーズが出てくるものである。
 この瞬間がまさにメモを取るチャンスなのだ。ブラックボックス化された一文が出てきたとき、そこをこそメモを取るのだ。それが上司である場合、顧客である場合、同僚である場合、良い意味合いで付け入るチャンスなのである。語っている当の本人も無意識の中でブラックボックス化している場合も大いにある。メモを取ったブラックボックスについて、次回その人と会うときまでに調べ尽くすのだ。
人が人を重要視するのは、相手が自分にはないものを持っているのではないかと感じるときだ。その端的な例が、相手が自分の知らないこと、自分が曖昧にしか把握していないことを知っていることを発見するときだ。そうした場面に出くわしたとき、人は自然と反応する。この人は知っている。この人はすごいと。
自分が知らないことを、流暢に語る人が目の前に現れたとする。語る内容のことをさも業界の常識とばかりにそうですよねと相槌を打たれれば、ついつい迎合してしまうことがあるだろう。例え自分が知らないことであっても。どんな人も一度や二度はそういう経験があるものだ。
 人は自分が知らないことを知っている人間を脅威と感じる。脅威と感じるがゆえに、瞬時にその人の存在を記憶するのである。逆説的にいうならば、相手が知らないだろうと思う事柄を集中して調査し、分析し、そしてそれを披露する。そうすれば、効果的に相手に対して印象深い人間を作り出すことができる。
特に顧客と相対するときに、この方法が有効だ。顧客からの信頼を得るためには、顧客に自分にはないものを持っている、この人とのミーティングは時間を割くに価すると思わせる必要がある。そんなとき、ブラックボックス化されたことをすべてメモに取り、次回会うときまでに調べ上げる。それを次のミーティングの際に、話の流れの中でさりげなく披露する。自然に蓄積された知識であるかのように。
 コミュニケーションについてのひとつの比喩で、アイスバーグというものがある。アイスバーグとは氷山という意味で、海から見えているのはそのごく一部という意味合いで使われる。海の中に沈んでいる部分は、水上で見えている部分の何倍もの大きさがある。そこから転じて人の考えというものはなかなかに理解することが難しいという意味合いで使われる。
ということは、そのことを逆手にとっても良いではないか。相手が曖昧にしか理解していないところを重点的に準備する。それをさりげなく披露することで、相手からはこちらの氷山の見えない部分はとてつもなく大きく見えることになる。
 また、ブラックボックス化される事柄というのは、良く知られていないことである場合が多い。つまり出会う人すべてのブラックボックスについて、10人も調べ上げれば相当な知的資産を蓄積できたことになる。大概のブラックボックスは、大概の人のブラックボックスでもあるからだ。
インターネットが一般化した今の時代、情報格差では付加価値がそれほど高くない。ただし、多くの人の間でブラックボックスとなってしまっている事柄に集中することは有用だ。その知的価値は、他の事柄よりもプレミアムがついているためだ。会議においてメモを取るべきは、ブラックボックスであり、会議後に対処するべきはブラックボックスの解消である。たとえ、それが本来の会議の意義とは関係のないものであったとしても。


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