2012年8月7日火曜日

2.6 どこに線を引いたか



私は同僚や後輩がプレゼンを終えた帰り道に次のようなことをよく聞く。「さっき、プレゼンを聞いてくれた部長さんは資料のどこに線を引いてた? どういうことをしゃべったときにメモを取っていた?」
この一見単純な質問に対して即答できる人は意外に少ない。そういう場合は往々にして、プレゼンする際、いかにわかりやすい言葉で説明をするかということしか考えていないからだ。それも自分にとっての「わかりやすい言葉」で。
相手がメモを取った部分、相手が線を引いた部分が何であったのか。これは明日からでも実践可能だと思う。ただ、本当に目指すべきは、どこは線を引くだろう、何はメモを取るだろうということを話をする前にあらかじめ予測しておくことが大切だ。
考えというものは、あらかじめ自分の考えがあって、それと違うものが出てきたときに、初めて面白いと思えるのである。自分の想定とは違う何か、自分では考え付かなかった何か、そうしたものが組み込まれて始めて、人の脳は反応するのである。プレゼンの準備に対して一般的に行われることは、想定問答だろう。普通の想定問答は、箇条書きで想定される質問を並べ、それに対する模範解答を用意する。一瞬インタラクティブなやり取りのようには感じるが、想定していない質問が来た場合に、アドリブが聞かなくなる人材が育ちかねない。
私はこれまで想定問答の準備はしたことがない。しかしながら、相手がどこに線を引くか、私の話の何をメモに取るのかということはプレゼンテーションの前によく想像する。プレゼンの場で実際に聞いている相手が想定通りの反応を示した場合に、密かにほくそ笑んだりもする。
より高度な体験としては、敢えて資料には記載せずに口頭による説明だけにする場合がある。最も伝えたいことをそうする場合もある。これはひとえに相手にメモを取らせたいからだ。他人が書いた無機質な印刷物の文字よりも、やはり人は自分が書いた文字の方が印象に残る。たとえ、他人が読めないようなきたない文字であっても。最も伝えたいことをどうにか書かせるようにしむける。この戦術が実際に機能した場合は、プレゼンテーションを晴れやかな気持ちで終えることができる。
昨日電車で見た中刷り広告のキャッチコピーをひとつも覚えていないのと同じように、昨日聞いた30枚のパワーポイントのプレゼンテーション資料の中で覚えている言葉は皆無に近いだろう。何を持ってプレゼンが成功したとするか。ビジネス的に言えば、意思決定がなされた場合にそのプレゼンには意味があったといえるだろう。
しかし、話を伝えるという根源的な立場にたったとき、プレゼンテーションの成功は次のように定義できるのではないだろうか。私が書いた資料の中のいくつの言葉を覚えてもらえたのか。私が発した言葉のいくつを覚えてもらえたのだろうか。たとえ、プレゼンを聞いた相手が、たまたまその晩会社の同僚の送別会で終電まで飲んで帰ったとしても、翌朝に朝食でコーヒーをすすりながら、そういえば昨日のプレゼンではいいことを言っていたなと思い出させることができるかどうか。
プレゼンによってすごいかどうかを見せる必要はない。同じ会社にいる以上、部下である以上、同僚である以上、社員である以上、優秀でなければ会社は困るのである。そのうえで、会社にとって意義あることを話してくれるのかどうかということが重要となる。

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