2012年8月11日土曜日

4.5 戦略と共通認識のトレードオフ



 パソコンの普及によって、一番変化したこととは何であろうか。ワードやパワーポイントでパソコンが普及する以前に比べて大量に資料を作成するようになった。インターネットを通じて、以前に比べて大量の情報に接するようになった。確かにそれらも大きな変化である。ただ、いずれにしてもそれはパソコンが普及する以前から行っていたことだ。資料は手書きで、情報のインプットは書籍で同様のことが可能である。パソコンの普及によって、最も変わったこと。それ以前には、それほど意識していなかったこと。それは、あらゆるものに、「名前をつける必要」が出てきたことだ。
 一日パソコンの前に座っていると、ワードの営業資料を作成する。保存時には必ず名前をつける。パワーポイントでプレゼン資料を作成する。保存時にはまた必ず名前をつける。インターネット上で企業の情報が掲載されているpdfファイルをダウンロードする。自分のデスクトップへ保存する際には、後から参照しやすいようにとまた名前をつける。パソコンの作業の中でファイルの名前付けほど億劫なものはない。一定の法則をいつも意識しているのだが、後から探そうと思うとなかなか見つからない。私と同じような経験を持つ方も多いのではないだろうか。
デスクトップ上のファイルを便利に検索する機能をグーグルが提供してくれている。その名もグーグルデスクトップというものだ。さすがはグーグルである。なかなかの検索機能である。しかしながら、インストールすると、ハードディスクの容量を場合によっては2GBほど必要とするため注意が必要だ。

 どの企業も売上の拡大のためにマーケティング戦略を立てている。マーケティング戦略を立案する際に、まず初めに取り掛かるのがセグメンテーションである。これは例えば、化粧品などの消費財を販売する企業における場合、ユーザー(この場合は主に女性)を20代、30代、40代、そして50代以上の4つに区分する。そうすることで、商品ラインアップはそれぞれの区分にあわせた4種類のものを用意する。それが需要に対する供給のバランスを取り、売上の最大化を図ることができる。このように潜在顧客をいくつかに区分することを、セグメンテーションという。

今ここに1万人の化粧品購入者データがある。それぞれの消費者がどのような化粧品を買ったのか。どのような化粧品の組み合わせで買ったのか。化粧品を買う頻度はどのくらいか。化粧品を買う場所は百貨店なのか、コンビニエンスストアなのか。そうした様々な情報を参照することができる。1万人全体をひとつの塊として捉えた場合には、こうした疑問に対する答えはひとつしか得られない。
しかし、1万人の消費者に対して、年齢情報を基にそれぞれ20代、30代、40代、そして50代以上という名前を付ける。(通常こうした作業のことをフラグ付けすると呼ぶ)
 パソコンは同じ名前が付けられた正規化されたデータの処理が得意である。名前を付けるだけでたちどころに次のような分析が可能となる。例えば、化粧品の購入頻度と購入場所の関係だ。購入頻度が高い人は、コンビニエンスストアで買う傾向が高く、特に20代の女性にはその傾向が顕著に現れる。加えて平均購入価格帯も安い。一方、購入頻度が最も小さいのは40代の女性で、購入する場所は百貨店が多い。
こうした分析結果が得られたならば、コンビニエンスストアに並べる商品は、割安の商品ラインナップを並べることが有効だろう。また、購入頻度が高いのであれば、敢えて容器は小さめにして、何度もコンビニエンスストアに足を向けさせる戦略をとることも可能だ。そうすることで、より多くの化粧品に接してもらう可能性が高くなり、これまで買わなかった違う種類の化粧品に手を伸ばすことも期待できるからだ。
 また、40代の女性で百貨店で化粧品を購入する人が多く、その購入頻度が低いということが判明したのであれば、次のようなマーケティング戦略の立案が可能となる。一度売り場に現れた女性は、次に売り場に現れるのは半年先である可能性が高い。その間に違う化粧品に乗り換えられることは避けねばならない。
その対策として、百貨店売り場専用の大きな容器の化粧品を用意しておくのである。その大きな容器の化粧品は百貨店売り場でしか購入することができないという情報はもちろん伝える。容器は大きく、お得感を醸成するものの、利益率があがる仕組みもあわせて導入することが重要だろう。こうしたことが可能になったのは、パソコンを使うことで、「名前を付けることが容易」になったからだ。名前を付けさえすれば、いかようにも加工できる。

現在オフィスでは、全社員が一人一台のパソコンを使うことは常識である。ハードディスクなどの記憶装置の価格は値下がり、各人に割り当てられている容量は50GBや100GBなど膨大だ。やろうと思えば、全社員が前述のような事業データの分析が可能なのである。パソコンにインストールされている表計算ソフトを活用すれば、ほんの数時間で様々な分析ができる。
元NECネクサソリューションズのマーケティング本部長兼執行役員の林繁男さんは言う。「事業を舵取りするためには、とにかく事実認識が重要だ」
 林さんはNECで3つの事業部長を歴任して現在に至る。これまで各組織において構造改革に着手し成功してきている。いわば改革のプロだ。私がこれまで出会ったビジネスマンの中で、最も尊敬する人のひとりだ。
 林さんは続ける。「事実。事実をつぶさに確認していけば、戦略は自ずと組みあがる。そのためには100万の事業データでも分析する必要がある。次は徹底的に、その事実を認識させる必要がある。何百人、何千人が同じデータを見るようになる必要がある」
 把握できた事実。それを全社で共通認識として持つところから、構造改革は始まる。内容が詳細となればなるほど、共通認識を持つことができる人間の数は減少する。共通認識の大きさと、共通認識させたいことのレベルには、トレードオフが発生するのである。

草の根で事業戦略を立てることが可能になったことは、会社の見える化にも繋がっている。しかし、会社の事業の捉え方は各人で違う。前述の化粧品のような消費者をターゲットとする事業の場合、年代で分けてみる場合もあれば、地域で分ける場合もあれば、店舗で分けて考える場合もある。または店舗に勤める従業員の勤続年数や、年齢構成で分けて考えることもできる。
情報処理コストの低下によって、各人が各様の分析を、ある種好き勝手に行うことが可能になってしまったのである。自主性を重んじた事業運営を行っている間は、非常にこの状況はプラスに働く。しかしながら、トップダウンで組織を動かそうとした場合や会社が一丸となって改革を断行する場合には、会社という組織の現在の状態についての共通認識というものが、非常に得にくい状態となる。

共通認識のない戦略はまさに絵に描いた餅である。戦略が緻密に組みあがるほどに、共通認識を醸成することは難しくなる。共通認識を持たないまま、事業運営することは非常に困難だ。仮に会社は動いたとしても、一つの生命体としてではなく、それぞれの細胞が勝手な動きをする組織となる。そうしたことが続けば、自己崩壊しかねない。そもそも論者となってでも、共通認識が得られていないことに対して、警笛を鳴らさなければならないときもあるだろう。共通認識を持つこと。これほど単純に思えて、奥深いことはない。どのような会社であれ、組織であれ、意外と共通認識は持たれていないものである。
たかが共通認識、されど共通認識。それを極めることは何よりも重要だ。

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