2012年8月16日木曜日

6.3 Anxiety/答えのない闇を歩き続ける覚悟



以前コロンビアビジネススクールのエグゼクティブMBAにおいてリーダーシップ論のコースを取っていたときのことだ。指導教官のラルフ教授(Prof. Ralph Biggadikeからリーダーシップについて次のようなことを教わった。
会社という組織が立ち向かう問題は2つの軸で分類が可能である。ひとつは問題に対する知識や経験のレベルが確実に対応可能なレベルなのか、不確実性がある状態なのかという点。もうひとつは組織における合意が、合意可能なものなのか、合意困難なものなのかという点。
不確実で合意困難な問題はまさに混沌とした状態といえる。それに対して、確実で合意可能な問題は道理的であり、これはリーダーでなくとも判断できなければならないだろう。リーダーとは、確実性と不確実性の間に位置づく問題。合意可能と合意困難の間に位置づく問題。そうした複雑系の問題を導いていくことだという。

人は不安定な状態を嫌う。問題があるならば、それにはすっきりとした答えがある方が気持ちが良い。答えがある方が心が落ち着く。しかし、リーダーシップにはそれは許されない。合意可能か合意困難かが判断がつかない。そういう心地悪い状態をコントロールし続けなければならない。加えて、過去に同じような経験があるわけではない。過去に同じような問題を解いたことがあるわけではない。そうした不確実性を孕んだまま、毎日を過ごす必要がある。
ラルフ教授はそのことを、anxietyと共に生きていくと表現している。Anxietyとは直訳すれば心配となるが、ここでの意味合いは「不安」や「懸念」や「もどかしさ」と捉えることができるだろう。こうした複雑系の問題をリーダーが対象とする場合、適度なanxietyを内在して問題に取り組む必要がある。Anxietyしすぎてもそれはそれでよくない結果を引き起こす。何事にも躊躇して実行に移さなくなる恐れがあるためだ。
こうした複雑系の問題に位置づくものは、おおよそ人の問題である場合が多いと思う。経営において最も重要なことは戦略を立てることではない。戦略をやり遂げることである。
誤解を恐れずに言うならば、戦略は誰が考えてもさほど変わりはしない。マーケティング戦略、プライシング戦略、チャネル戦略、プロモーション戦略など様々な戦略本は世の中に溢れている。たどり着くプランは、おおよそ常識の範囲に落ち着いてしまうものだ。
ただ、それをどう実行するのか。すぐに実行できるのか。どうやり遂げることができるのかが問われるのである。そして、そのために大きな障害となる問題は、おおよそ人の問題である。
戦略通りに人が動かない。戦略が誤解されて伝わっていく。戦略に対して反対する勢力が出現する。戦略の修正を周知徹底しようとすれば、経営陣を無能と捉える集団が出現してしまう。戦略の進捗状況をモニタリングしようにも、必要な情報が集まってこない。そもそも、情報にバイアスがかかり、経営判断するための情報としては心もとない。戦略が機能した組織とそうでない組織の間で軋轢が生まれる。新たな戦略を実行中に浮かび上がってくる問題を挙げれば枚挙に暇がない。そして、こうした複雑系に属する問題のほとんどすべては人に起因するものである。



システムを修正すれば良いのであれば、これほど単純なものはない。エンジニアを集めて、プログラミングの点検を始めれば良いからだ。確かに時間のかかる膨大で困難な業務になることが常だろう。しかし、問題はシステムのどこかに存在する。点検するべき場所は有限なのだ。
工場における生産効率を上げたいのであれば、すべての業務を棚卸ししてみれば良い。これらの実行にも当然ながら、困難は発生する。しかし、これらは確実に解くことが可能な問題なのである。
問題を精査した結果、その解き方が導き出せたとする。続いては、その実行となる。そして、実行するのは人なのだ。その実行がなかなか進まない。
リーダーが導くべき複雑系に属する人の問題について、どのような思考法があればそれに立ち向かうことができるのか。フリーのコンサルタント兼作家であるマーカス・バッキンガム著の「最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと」(加賀山 卓朗訳)で非常に含蓄に富んだ一節がある。

「私は生まれながらの教育者ではない。集中型で、企画向きで、次々と仕事をこなすのが好きな人間だ。ひとつ仕事をなしとげては、次に移りたい。要するに、ものごとをどんどん片付けていくのが好きなのだ。私にすれば、人に関する問題でじれったいのは、終わりがないことだ。人はつねに進行中の仕事のようなものだ。私にとってはこの進み具合を見つけるのが、いらだたしいほど難しい」

精神科医の医療カウンセリングもこれに似たところがあるのかもしれない。医療カウンセリングでは、仕事の内容や今の悩み、この一週間の出来事などを淡々と聞いていく。骨折や風邪などとは異なって、いつが治ったのか。どうなれば治ったことになるのかということが明確には定義できない。治療の進行状況を把握することが非常に難しい。
医者は理系である。いわゆる理系の頭をしている。学生時代の成績は当然優秀で、答えのはっきりする数学や物理が得意で合った人がほとんどだろう。そうした人種にとって、進捗状況がはっきりとしない物事に相対することほど、つらいことはないのではないか。

終わりがないもの。進行しているのか、進行していないのか、それがわかりづらいようなこと。合意できるのか、合意できないのかもわからないようなもの。そうした複雑系の問題に立ち向かい、数百人、数千人の人々を率いていく。そうした問題が存在し、そうした問題を導く仕事が存在する。
今の仕事に思い悩んだとき、そこにはこうした複雑系の要素が入り込んでいるものではないだろうか。一度頭を整理してみるのも良いだろう。進み具合がわからない状態の陥ったとしても、それはそれで良いのだ。そのままがんばって行けば良いのだと思う。

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