2012年8月13日月曜日

5. どう「脳」にインプットするべきか


本章では、1章から4章のことをうまく対応するためには、どういう脳を準備しておけばよいのか。日々心がけておけばよいことの思考の転換を6点ほどまとめている。この章の中では順序には大きな意味合いはないため、興味の引いたところから読み進めていただければと思う。


5.1   魂を削り取る読書術


最近読んだ本はどのような本だろうか。感想を聞かれればたいていの人は、面白かったよとか、期待していたことは書いていなかったなどとこたえることができると思う。では、こう聞かれたらどうだろうか。その最近読んだ本の中で印象に残った一文は何だったかと。この問いかけに答えることができる人はおそらく100人に2、3人ではないかと思う。
人はいつも何気なく情報に触れていく。そこから何かを必死になって削り取っていこうと思わない限りは、残念ながらどんな名著も心に残らない。
かくいう私も高校2年の夏までろくに本を読んだことがなかった。中学時代は毎年夏になると図書感想文という宿題が出される。自分で選んだ本を一冊読んで、その感想文を書くというものだ。その3年間私が選んだものは芥川龍之介の「鼻」である。その理由は至極簡単。ただ短かったからだ。とにもかくにも、読むという行為そのものが苦手であった。
転機は高校2年の時に、教科書に載っていた夏目漱石の「こころ」を読んでからだ。教科書には当然一部しか掲載されていない。どうしても続きが気になった。幸運にも、家の本棚には「こころ」がしまってあった。授業で習ったその日の夜、勉強などはそっちのけで一気に読破した。それまでろくに本を読んだことがない人間、冗談ではなく、本当にろくに一冊もまともな本を読破したことがない私という人間が始めて呼んだ本が夏目漱石の「こころ」だったのである。
あの時の衝撃は今でも忘れない。言葉というものを用いて、人間の心理、内面というものをここまで掘り下げることができるものなのかと。
この本の中で、今も私という人間の価値観の根底に突き刺さっている言葉がある。先生がKに向かって言ったものだ。

精神的に向上心のないものは馬鹿だ

この言葉は恋に悩んでいたKに対して先生が言い放ったものだ。Kは真宗寺に生まれた男だった。Kは決して宗旨に従って生きてきたわけではなかったが、男女についてのみ精進の考えを持っていた。節食や禁欲をモットーする。たとえ欲を離れた恋であっても、道の妨げになるようなものについては自らを律するべきだ。それが元々Kが持っていた考えだった。そういう考えである男に対して、そういう考えを持っていることを百も承知の先生は、言い放ったのだ。それはKの心のなかの見取り図を悠々と眺めて、Kが恋路に進まないように仕向けるための言葉だったのだ。
これまで何百という小説を読んできた中で、これほど心を揺さぶった一言はなかった。今なおこの言葉は頭から離れない。
本を読むということは、確実に一冊ずつ自らの発言を強固なものへと成長させていってくれる。ただし、ただ読むだけではそれは覚束ない。すばらしい本には、作者が血肉を削り、心血を注ぎ込んだ魂の言葉がそこにあるのである。そこから何を削り取っていくのか、そこから何を奪っていくのか、一文字でも多く、自分の脳髄に刻み込むつもりで読まなければ、自分の血となってはいかない。
社訓の節でも述べたように、毎日毎日同じ言葉を聞くことで、その言葉が表す振る舞いというものを自然とできるようになる。それと同じように、新たに自分の中に取り込む言葉や考えというものは、決死の覚悟でそれをつかもうとしなければ自分の心には残らない。そういう覚悟を持って本には挑む必要がある。
もちろんすべての本にそういう覚悟で挑む必要はない。推理小説やファンタジーなどの娯楽作品や、心をリフレッシュするために読む読書もあるだろう。しかし、読書という行為を通じて自分を成長させるためには、それほどの覚悟がいると思うのである。
何よりも読後にぱっと思い浮かぶ一文すらないなんて、あまりにも悲しい事態ではないか。せっかく何時間も費やしたにもかかわらず、得られたことが漠然とした感想や考えでは悲しすぎる。本の終了が近づくにつれ、印象に残った文章、心に突き刺さった文章というものをすべて並べてみる。それを声に出して読み、そこから得られるインスピレーションを元に新たに自らの考えを文章化する。こうした作業をするかしないか、時間にして10分程度の作業だろう。これをするかしないかで、その本を読むことによって自分の中に蓄積される知の分厚さは驚くほど変わっていくのではないだろうか。
よくあの人はなんであんなことまで知っているのだろう。あの人はなんであんなにいろいろなことを知っているのだろう。そういう風に思える人が回りに何人かいることと思う。そうした人たちは、無意識の内(中には必死に努力して)こうした作業を繰り返している人たちだと思う。一日一日、たった一つ自分の心に残る言葉というものを蓄積していくだけで、1年で365個もの自分の心を揺り動かす格言の束ができるのである。それだけでも1冊の本が組みあがる。

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