2012年8月11日土曜日

4.4 共通認識を代弁する



「構造改革なくして、成長なし」
誰もが覚えている言葉だろう。小泉元総理大臣だ。ここで小泉元総理の政策について論ずるつもりはない。それは後世の歴史が判断することだと思う。この「構造改革なくして、成長なし」という言葉にはどういう意味があるのだろうか。バブル崩壊以降、停滞していた日本の経済。何かを変えなければ、袋小路に陥ってしまう。誰もが直感的にそう感じていた。抜本的に何かを変えなければならない。日本の国民の多くがそう感じていたときだ。
構造改革を断行する。これまでとはまったく質の違う変革を起こす。たとえそれがどのようなものであろうと、今までの常識とは違うことをする。
当時の多くの国民は、そう語ってくれる政治家を求めていたのではないだろうか。すばらしい演説とは、多くの人が心の奥底で持っている言葉を代弁することだと思う。国を動かすほどの大きなうねりを作り出そうと思うのならば、ほとんどすべての国民が持っているそういう言葉、認識というものを代弁することが必要となる。そうして辿り着いた言葉が、「改革なくして、成長はなし」というシンプルなメッセージだったのだろう。

2009年1月に米国の大統領の座に着いたバラク・オバマ氏の演説でも同じような現象が起こったといえる。多くの米国民はイラク戦争に疲れきっていた。こういう説明をすると、その壮絶さが想像できると思う。米国にとって、イラク戦争は第二次世界大戦よりも長期の戦争なのだ。誰もがブッシュ政権への信頼を失っていた。
そうした政情のときに、誰もが感じていたこと。それは紛れもなく変えたいという思いだろう。変えることができるはずだという希望だろう。そこで生まれた掛け声をオバマ大統領は叫んだのだ。”Yes, We Can(そう、私たちは変えることができるはずだ)
大統領選挙の当日、私は偶然にもニューヨークにいた。普段はメジャーリーグなどを流しているスポーツバーにいた。この日、スポーツバーの大画面のプラズマテレビに映し出されていたのは、大統領選挙の開票速報だった。ひとつの州が赤(マケイン候補)か青(オバマ候補)に染まる度に、バー全体は熱狂の渦に包まれた。
例えるならば、街灯テレビに映し出されているサッカーのワールドカップや、WBCの試合を観戦する新宿の通りのような雰囲気だ。日本においても、選挙速報ともなれば、各放送局が特番を組んで番組を流す。しかし、これほどまでの熱狂を巻き起こすことはないだろう。アメリカ人が新大統領に寄せる期待の大きさをまざまざと感じることができた。それと同時に、アメリカ人が持つ底なしのパワーを目の当たりにした瞬間だった。

2001年9月11日にニューヨークを中心として起きた同時多発テロ。2機の航空機が超高層ビルのワールドトレードセンターに激突した。その衝撃の映像は瞬く間に世界中を駆け巡った。誰もがその惨劇に恐怖した。
最終的な犠牲者の数は3000名近くにまで及んだ。この当時のニューヨーク市長のルドルフ・ジュリアーニ氏は、こうした未曾有の危機下におけるリーダーシップを如何なく発揮した。特にテロ後すぐに発表した演説には多くの人の心が救われた。危機にあって、それへどう立ち向かっていくべきなのか。その共通認識を見事に醸成することに成功した。

ジュリアーニ市長(当時)は語った。我々は恐れていると。犠牲者の数は、想像したくない数に昇るだろうと。それでも、ニューヨークには自由がある。人々はまたニューヨークにやってくる。ニューヨークは一丸となってテロに立ち向かう。
市民と恐怖という共通認識を醸成し、そのうえで、犠牲者が信じられない数に昇ってしまう大惨劇であることをテロの当日に語った。誰もが心の中に潜めているものの、口に出したくなかったことをトップが語ったのだ。そのうえで、自由へと立ち向かう。自由を守ることができるパワーがニューヨークにはあると、鼓舞する形で締めくくったのだ。
以下は参考までに、テロ後国連本部で行ったスピーチの全体概要である。
“On September 11, 2001, New York City, the most diverse city in the world, was viciously attacked in an unprovoked act of war. More than 5,000 innocent men, women and children of every race, religion and ethnicity are lost. Among these were people from 80 different nations. ・・・(中略)・・・New Yorkers are strong and they are resilient. We are unified and we will not yield to terror. We do not let fear make our decisions for us. We choose to live in freedom.” http://www.washingtonpost.com/wp-srv/nation/specials/attacked/transcripts/giulianitext_100101.html

言葉が人間を人間たらしめている。動物と人間の最も大きな違いのひとつだ。猿やイルカなども話すことができると言われているが、人間ほど複雑な言葉を使いこなすことはできない。
古代、人間は石器を使い始めた。石器を使い始める前までは、人間は猿と同じく言葉というものを持たなかったと言われている。石器を使い始めることで、指先を器用に動かす必要が出てきた。そのために脳が発達した。より高度な石器を作り出そうとした。その過程で脳細胞が複雑化していった。そして人間は言葉を使い始めた。最新の研究では、石器は言葉を生んだと考えられている。
文字の発明はさらにそのずっと後のこととなる。人間のDNAに最も訴えかけるツール。それは言葉なのかもしれない。

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